トーキングヘッズ叢書No.9
『ボウルズは忘れるがままにせよ』より
ポール・ボウルズはモロッコにいる。
ニューヨークでもパリでもなく、モロッコはタンジェにいる。
そこはかつては、自由なエネルギーに溢れていたかもしれない。
しかしそれはもはや遠い昔の話。
ボウルズはモロッコにいる。
以前のような魅力がなくなったとはいえ、彼はそこにいる。
彼はやがて忘れられていった。
モロッコとともに忘れられていった。
かつてはさまざまな名士がモロッコを訪れたものだが、
いま、そのような噂は聞かない。
彼はモロッコにひとり。
名声を得るということに対して、これほどふさわしくない場所があるだろうか。
彼はむしろ、モロッコという土地において
静かに忘れ去られていくことを望んでいたのかもしれない。
偉大な作家として祭り上げられることなど、ありがた迷惑なのかもしれない。
もしそれが本当なら、われわれは彼を思い出してしまったけれども、
騒ぎ立てずに、そっと忘れ去ってあげるのがいいのかもしれない。
ボウルズのことは、もう忘れ去ろう。
そしてわれわれも、ボウルズの無と孤独の海にのまれて、静かに消え去ろう。